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06/01.Fri   170年ぶりの博徒和解 
22:32


講談や芝居で知られる江戸末期の侠客(きょうかく)、国定忠治(1810?1850)と忠治一派に殺された博徒らのそれぞれの子孫が2日、地元の群馬県伊勢崎市で手打ち式を行う。共に同市内に住みながら「しこり」を残して来た両者が、約170年の時を越えて手を結ぶ。
 忠治は本名・長岡忠次郎で、上野国左位郡国定村(現在の伊勢崎市)の生まれ。和解するのは忠治と、1834、42年に忠治の子分に殺害されたとされる「島村の伊三郎」「三室の勘助」親子のそれぞれの子孫。賭場を巡る縄張り争いが発端だったという。
 伊三郎が縄張りとした現在の同市境島村の一部では、今も「忠治」は禁句。忠治が登場する民謡踊り「八木節」が演じられることはほとんどなく、やっても忠治のくだりは省かれるという。
 仲介役を買って出たのは、忠治の公式ファンクラブを名乗る「伊勢崎忠治だんべ会」の桜場弘美代表(52)。忠治のPRを兼ねた手打ち式を思い立ち、一軒一軒、説得して回った。
 忠治から5代目の長岡富男さん(83)は「そういう時期かなという感じ。応じないわけにいかない」。伊三郎の子孫、町田吉則さん(86)は「粋なことをしてくれるじゃねえか」と快諾。勘助の子孫、木村政司さん(71)は「遺恨がないと言えばうそになるが、地域を盛り上げるために水に流したい」と話す。
 当日は忠治が眠る養寿寺(同市国定町)やそれぞれの墓を参拝。手打ち式では桜場さんが中央に座り、乾杯の音頭を取り、子孫らが杯を交わす。
  by毎日新聞



何が凄いって、最後のおじいさんの

粋なことをしてくれるじゃねぇか!

ってせりふにビックリですね!!
最近までマガジンでやっていた、シンクローって漫画が
好きだったので、とっても興味深く読ませて頂きました。

並々ならぬ時間の問題ですし
しかも、最近ひどいニュースばっかりだったので
なんだか新鮮に感じました!


しかし、最近はガードレールまで盗まれるらしいですね??

どんな世の中なんだ。。。
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